A-cars Historic Car Archives #001

’65 Ford Mustang

●65年型フォード・マスタング


Text & Photo : よしおか和

(FoMoCo Classics/2010 Jly. Issue)

 Apr.26, 2024 Upload

 初代のマスタングを目にするとついつい思い出してしまう映画がある。それは『男と女』。66年に公開されたフランス映画で監督はクロード・ルルーシェ……いや、 "ダバダ、ダバダバダ……" というスキャットでフランシス・レイのテーマ音楽が大ヒットした作品、と言った方がより多くの人に分かって貰えることだろう。もともと、言葉が解らない上になんとなくあの独特の間合いがかったるい気がしてフランス映画があまり好きではない筆者なのだが、この作品は別。理由はそこにマスタングが登場していて、アメリカ映画ではなかなか見ることのできない実にシックで詩的な一面を披露しているからである。

 物語は、スタントマンの夫を事故で亡くした脚本家のアンヌと、妻に自殺されたジャン・ルイがそれぞれ娘と息子を預けている寄宿学校で偶然知り合い、互いに惹かれ合っていくという、タイトルどおりの大人のラブ・ストーリー。そしてジャン・ルイの愛車がラングーン・レッドでブラックトップのマスタング・コンバーチブルという設定だった。真っ赤なコンバーチブルといえば陽光のもとにその輝くボディを晒して……というのがセオリーとも思えるが、この映画にはそんな場面は一切なく、降りしきる雨の中をトップを閉めて走るシーンが印象的。特にウインドシールド越しの映像で、古臭く、ぎこちないワイパーの動き方に妙な愛おしさを感じたことをはっきりと覚えている。また、この映画に登場するマスタングは前記の赤いコンバーチブルだけではない。ジャン・ルイはフランスにおけるフォードのワークス・ドライバーという設定で、レーストラックでのシーンもいくつか用意されていたのだが、そこにはストーリー上でも重要な意味を持つひとつの場面としてモンテカルロ・ラリーのシーンもあり、実際に当時のラリーで活躍したマスタングの姿が映し出されているのだ。

 

 

 初代のマスタングは積極的にモータースポーツに関わってきたことでも知られており、SCCAのBプロダクションやトランザム・シリーズでの活躍は本誌でもこれまでに何度となく紹介してきたが、実はアメリカ国内でのレース参戦以前にヨーロッパでの活動があり、そこでも立派な戦績を残しているのである。例えば64年の4月にセンセーショナルなデビューを果たした後、早速そのシーズンのツール・ド・フランスに2台が出場。20日間に渡ってフランス国内を巡る長距離ラリーであると同時に、途中8つのスプリントレースと9つのヒルクライムで構成されるスペシャル・ステージをこなす過酷なこのロードレースで、マスタングは見事に優勝、準優勝のいわゆる1-2フィニッシュを成し遂げ、前年までの勝者ジャガーを王者の座から引きずり降ろしたのである。また『男と女』にも登場したように、モンテカルロをスタートして主にフランス国内のアルプス山脈の麓を舞台に繰り広げられるあのモンテカルロ・ラリーでも健闘してその存在を知らしめたが、これらのシーンで暴れまくったマスタングはすべて289cuinV8モーターを搭載したハードトップたちだった。特にスクリーンに姿を現した白いラリーマシンの容姿があまりにも印象的で、そのせいか筆者の中では、初期型マスタング・ハードトップなら白、というイメージが強い。もっとも当時のグラフィック広告でもノッチバック・スタイルのハードトップ・モデルには白がメインで起用されていたし、そもそもマスタングというネーミングの由来である“アメリカ西部に棲息する野生馬”はそのほとんどの体毛が白、と専門書に記述されている。また本誌2009年8月号でクレージーケンバンドの横山剣氏が愛車の65年型マスタングについて語った中でも「子どもの頃に本牧のエリア1付近で見かけたマスタングは圧倒的に白が多くて、マスタングと言えば白いクーペがイメージ」というコメントがあり、インタビューをした筆者も思わず頷いたものだ。

 正式なボディカラーの名称はウィンブルドン・ホワイトとなる。アメリカではなくイギリスの由緒正しいテニスクラブのある地名から取ったものであるところが、またいかにもマスタングらしいというかフォードらしいのだが、今月はまさにそのウィンブルドン・ホワイトの65年型マスタング・ハードトップを、オリジナルに近い美しい姿で紹介できるのがとても嬉しい。

 取材車は66年型以前のマスタングだけを扱うスペシャルショップが今から約7年前に仕上げた1台なのだが、現在に至ってもこれだけのコンディションを保っていることから、そのプロジェクトのスキルの高さが窺い知れる。特にしっかりとリビルドされたフロントサスペンションのおかげで、不快なガタや異音の一切ないタイトなハンドリングが実現しているのが気持ちいい。搭載する289モーターもご機嫌なほどヘルシー。流行のレストモッドでより現代的かつ快適に走るのもいいが、オリジナルのクラシックモデルとこうやって正面から付き合うのも決して悪くない、ということを改めて感じさせてくれた1台である。

 

 

 


取材車のオリジナル・モーターはエンジンコードAで示される4バレルキャブレター仕様の289cuinV8だが、現在はKコードの289ハイパフォーマンス仕様が搭載されており、エンジン・コンパートメントにも若干のコスメが認められる。クーラーのコンプレッサーもオリジナルのレシプロ式から後年型のロータリー式に変更されている。


トランクルームの中もオリジナルに忠実にレストア。その美しい様が実に好印象だった。


5つのメーターが並ぶインパネは66年型では標準とされたが、この65年型ではGTパッケージに含まれたオプションアイテム。取材車はGTではないがそれを用いてレストアされている。ステアリング・ポストに備わるタコメーターと時計が一対になった補助メーターは、ラリーパックと呼ばれるオプション・アイテム。



ワイヤーメッシュ風のデラックス・ホイールカバーは、当時オプション・アイテムとして用意されたオリジナル・パーツ。新車時の標準タイヤサイズからは僅かにワイドな205/70-14のホワイトリボン・ラジアルが組み合わされる。

インテリアにはデラックス・トリムが採用され、ステアリングホイールに加えてインパネやグローブボックス、センターコンソール、ドア・オープニング・レバー等にウッドグレインがあしらわれるのが特徴となる。また、シートバックには野生馬を型どったエンボス加工が施されるが、このデラックス・トリムが俗にポニーインテリアとも呼ばれるのはこれに由来している。取材車はこのシートバックにリプロパーツを採用してレアルレザー仕様としているが、これは高価でレアなアイテムであり本国のレストア車でも目にする機会は多くない。