A-cars Historic Car Archives #019

'76 Cadillac Coupe DeVille

76年型キャデラック・クーペ・デビル


Text & Photo : よしおか和

(The Final Full Sized Coupe/2008 Nov. Issue)

 Aug. 2, 2024 Upload

フルサイズクーペ、威風堂々。

 

 “フルサイズ”という表現はあくまで相対的なものである。たとえ同じ名称でカテゴライズされようとも、実施にそのサイズは時代によって大きく異なるのだ。たとえば90年代のフルサイズ・セダンは70年代のインターミディエイトよりも小さかったりするので、本書においてもそのあたりをしっかりと念頭に置いて読み進んでいただきたいと思う。

 さて、では具体的にどの時代のフルサイズカーが最も大きかったのだろうか? これはメーカーやブランドによって若干前後するのだが、およそ70年代半ばと考えて間違いないだろう。逆に、70年代後半になって各メーカーがダウンサイジングを行ったことで、フルサイズもミディアムサイズも、さらにはコンパクトサイズさえもが、全体的にスケールダウンすることになったのである。

 その理由はひとえに当時のカーター政権下で強く推し進められた“省エネ”政策によるものだ。一定台数以上を量産するモデルにおいてはカタログ上の燃費にまで基準値が設けられ、それまでは当然のように大きなサイズを誇っていたAカーが続々とダウンサイズを強いられたのである。これを受けて、GMは各ブランドでフルサイズを77年型から、ミディアムサイズを78年型から、それぞれひとまわり以上小さいものへとフルモデルチェンジし、FoMoCoも77年型から主要モデルをシェイプアップした新型へと切り替えた。クライスラーはその動きにやや遅れがあったものの、79年型でやはりひとまわり小さな新型のフルサイズカーを発表している。

 ここでご紹介するのはアメリカ車にそんな時代の波が押し寄せる直前の、最もビッグな時代のフルサイズ・クーペである。全長230インチ(約5840㎜)を超えるボディの2ドア・クーペはいかにも豊かな時代のアメリカ車を象徴する存在であり、他国の自動車では絶対に味わえないアメリカ車ならではの醍醐味が満ち溢れている。

 今回チョイスしたのは2台。アメリカの高級車の代表格であるキャデラック・ブランドから、モデルチェンジ直前の76年型クーペ・デビルを、そしてやはり代表的なステータス・シンボルである78年型リンカーン・コンチネンタル・マークⅤをセレクトした。実はリンカーンは77年型でマークⅣからこのマークⅤにモデルチェンジを果たしているのだが、そのサイズに関しては縮小どころか逆に僅かに拡張されていたので、悩んだ末にこちらに決めた。先に記した文章と辻褄が合わないのでは? と首を傾げる方もいるだろうが、それについてはリンカーンの項で触れることにしよう。

 エコがブームを超えて社会の常識として定着しようとしている現在においては、決して相応しいとはいえない存在かもしれない70年代中盤のフルサイズ・ラグジュアリー・クーペ。だが、そんな現実を充分に自覚した上で、ここでは2台が醸す佳き時代のアメリカに酔いしれていただきたいと思う。

 


 

 キャデラックはアメリカの富の象徴である……なんていう表現をここでしてしまったら、あるいはお叱りを受けるかもしれない。それほどに現在のキャデラックはイメージチェンジを果たしており、もはやそこにあのギラギラしたイメージを抱く人は少ないかもしれない。しかし、1950年代生まれの筆者からすれば、はやりキャデラックはピカピカでギラギラであり、どこか自分と縁遠い存在であり続けている。そして、そのボディサイズは、もちろん巨大でなければならないのだ。

 そんなイメージの最たるものとして、多くの人が59年型キャデラックの姿を思い描くはずだ。厚いクロームと大袈裟なデコレーションを奢られたマスク、そしてなぜこれほどまでに派手に作られたのか普通の日本人には理解し難いテールフィンとテールランプのデザインが、あまりにも強烈な個性を打ち出していたモデルである。そして、そんな飛行機のような車体と同じサイズで作られた最後のキャデラックが、ここで紹介する76年型なのである。

 76年型キャデラックのラインナップを見ると、セビル、カレー、デビル、フリートウッド・ブロアム、フリートウッド75、エルドラドと並んでいるのだが、その中から最も大きなサイズのラグジュアリー・クーペを選択すると、このクーペ・デビルということになる。

 


 

 クーペ・デビルはホイールベース130インチ(約3302㎜)、全長230.7インチ(約5860㎜)と、迫力さえ感じさせるボディサイズを持つ。だが、それと同時に、その優雅かつ流麗にまとめられたフォルムが、このボディサイズなればこそ実現したことを痛感させられる。ちなみに、キャデラックがこの角型4灯式ヘッドライトを採用したのは他のブランドよりもひと足早く、75年型からこのモダンな風貌が与えられている。インテリアも豪華で広々としており、76.4インチ(約1941㎜)とたっぷりとした車幅を有していることで、フロントのセパレート・ベンチシートには大人が楽に3人並んで座ることができる。つまり、本当の意味での6パッセンジャー・クーペなのである。

 装備はもちろんオール・パワー式。6ウェイ・アジャスタブル・シート、クライメイトA/C、オート・ディマー・ヘッドライトにクルーズ・コントロールなど、この時代に考えられる快適装備は全て叶えられている。そして、このフワフワな乗り心地。これこそが70年代のラグジュアリー・ビークルを象徴していることは言うまでもないだろう。

 もうひとつ、このキャデラックで忘れてはならない要素が搭載エンジンである。70年代のフルサイズ・パッセンジャーカーとくれば、オーソドックスなOHVのV8というのはお約束だが、このクーペ・デビルは500cuin(約8193cc)という乗用車としては世界最大の排気量となるユニットを備えているところが特徴でもあった。この500cuinV8は、もともと70年型以降のエルドラドのために開発されたものだったが、なんと75年型と76年型ではセビルを除くキャデラック全モデルの標準エンジンとして設定された。ただし、パワー数値に関しては世相を反映して随分と大人しいものとされ、76年型では圧縮比8.5対1で、最高出力190hp@3600rpmにとどまる。70年型のエルドラドが備えた400hp@4400rpm(ただしこちらはグロス表示)のユニットと比較すると、同じ排気量でもその性格はまったく異なるものであることが理解できる。もっとも、こんなに優雅なフルサイズ・クーペを転がす際には、ホースパワーから頭を切り替えて、穏やかにアクセル・ペダルに足を置くのが正道だろう。

(ヒストリックカー・アーカイブ Vol.20に続く)

 


ボディサイズはホイールベースが130インチ(約3302㎜)、全長230.7×全幅76.4×全高53.8インチ(約5860×1941×1367㎜)。車両重量は5025ポンド(約2279kg)。76年型の生産台数を見ると、セダン・デビルの6万7677台に対して、クーペ・デビルは11万4482台と、大きく勝っている。いまとなってはなかなか信じ難いが、これほどにビッグサイズの2ドア・クーペが大衆に支持されたのが70年代のアメリカなのである。


搭載エンジンはボア4.300×ストローク4.304インチの500cuinV8。圧縮比は8.5:1。ロチェスター製4バレル・キャブレターを組み合わせ、最高出力は190hp@3600rpm。当時、パッセンジャーカーとしては世界最大の排気量を誇ったこのユニットが、キャデラックには標準で装備されたことに驚かされるが、それもこの76年型限りのこと。ひとまわりダウンサイジングされた翌77年型モデルには、425cuin(約6964cc)のパワーユニットが搭載された。


大人の3人掛けが余裕、女性ならば4人並んで座ることさえできそうな大型のフロントベンチシートは、ドライバーズシートだけ独立してパワーアジャストを可能とした4:6セパレートタイプ。マテリアルはファブリック。ダッシュやドアトリムにはウッドグレインパネルを採用するなど、全体的にゴージャスな香りが漂う。なによりもフカフカな乗り心地が70sラグジュアリーAカーを象徴している。


オートディマー・ヘッドライト(自動感応式ヘッドライト)やクライメイトA/C(左右独立調整式エアコン)、6ウェイ・パワーシートなどが、当時としては最高級のデラックス装備であり、アメリカのステータスシンボルとも語られたキャデラックには不可欠な要素となっていた。

 



日本への正規輸入車においては、保安基準の違いやユーザーからの要望などもあり、サイド・ミラーをオリジナルのポジション(ドア)から、フェンダーへと移動した例が目立つ。それでも、そのクローム製フェンダーミラーにきちんとキャデラックのマークが刻まれているところが印象的だ。

 


この時代のラグジュアリー・クーペを象徴するランドゥトップ。ホワイトのボディにホワイトのバイナルトップが上品さを強調している。


タイヤサイズはGR78×15が標準。なお、リアフェンダーにはこのサイドスカートが与えられ、特徴的なディテールを生み出している。


テールレンズは日本の保安基準に対応するために改善されており、本国仕様とは異なっている。これを残念と感じる向きもあれば、ディーラー車の証として尊重する向きもある。