A-cars Historic Car Archives #028

'78 AMC Pacer D/L Wagon

78年型AMC・ペーサー・D/L・ワゴン


Text & Photo : よしおか和

(Viva Minority A-cars/2009 Apr. Issue)

 Oct. 4, 2024 Upload

 

 その昔、LAの書店で『Automotive Atrocities』という写真集を見つけた。日本語で言うと“酷いクルマ”とか“どうしようもないクルマ”といった感じだろうか。もちろん、それが親しみを込めての形容であることはいうまでもなかろう。日本では“ヘンタイ”とか“駄グルマ”などと呼ぶCAR GUYが少なくないが、それもすべていい意味であり、頬を緩めながらこのフレーズをたびたび口にする輩に限ってそんなクルマたちを愛好しているものなのである。とてもよく似た言葉として“珍車”というのがあるが、これは生産台数が少なくて稀少かつ貴重な存在でかなりのバリューが認められるというケースが多く、ちょっとニュアンスが違う。この写真集に載っているのは、稀少だったとしても特別な価値があるとはいえないクルマたちばかりであり、スタイリッシュなフォルムやずば抜けたパフォーマンスを売りにして人気を集めたメジャーなモデルと比べたなら、やはりどこか駄目グルマなのである。そして、その表紙を飾ったモデルというのが、他でもない78年型のAMCペーサーだった。とぼけた表情のマスクとワイドな車幅の割に全長がやけに短いアンバランスな寸法、そして金魚鉢を連想させるボディデザインが愛嬌たっぷりの魅力溢れるヘンタイグルマであり、まさにマイノリティAカーの代表選手と言えるだろう。

 

 

 さて、今回クローズアップしたのは、そのペーサーのステーションワゴンである。ペーサーはコンパクトサイズの2ドア・スポーツセダンとして75年のミッドイヤーから登場したが、77年型でステーションワゴンを追加した。ホイールベース及び車幅はそれぞれ100インチ(約2450mm)、77インチ(約1956mm)とセダンと変わらないまま、全長をセダンより5インチ延長して177インチ(約4496mm)とした。結果として、あの金魚鉢のようなイメージは多少希薄になったものの、そのルックスはやはり普通のクルマとはちょっと違っていて、誰の眼にもユニークに映ることに変わりはない。2ドアモデルゆえ、リアシートへの乗り降りのし易さを考慮して、パッセンジャーサイドのドアをドライバーサイドよりも長く設計したところもセダンと共通している。

 実際にドライブしてみると、その走りに特筆すべきところはなく実に平凡である。258cuinの直6OHVエンジンは2バレル・キャブレター仕様で、最高出力120hp@3600rpm、最大トルクは201lbft@1800rpm。トランスミッションは3速ATで後輪駆動。ハンドリングにもサスペンションにも格別光るものはなく、いわゆるありふれた性能のクルマだ。いや、正直に言うと当時としてもやや時代遅れな印象を覚えずにいられなクルマだったのである。それを21世紀の今になってこうしてクローズアップしているのも、すべてこのルックスがそれだけチャーミングだからだ。キュートとか個性的とかユニークとか、人それぞれ表現は異なっていても、ペーサーがデザイン的に面白いクルマであることを否定する人はいないだろう。敢えてその特徴を言葉で解説するのはここまでにしておこう。写真を見ていただければ、きっと誰もが充分に納得するはずだ。

 撮影車は細かなディテールに至るまで見事にオリジナルを保った1台で、メカニズムに関しても極めてヘルシーだ。新車時からのペイントやインテリアトリムには若干経年によるヤレも感じるが、レストアされたクルマにはない味わいがあり、筆者の個人的趣味から言うと最もハートをくすぐられる部分である。そして、あのときLAの書店で迷わず例の写真集を購入したように、今回もこのクルマに出会った瞬間にこのコーナーのために撮影することを迷うことなく決めたのだった。

 


77年型ペーサー・ワゴンには、ベースモデルとD/Lパッケージ(オプション)の2トリムが用意されたが、78年型では1グレード設定となりD/Lがベースモデルとなった。


ボディサイズは、全長177×全幅77×全高53.2インチ(約4496×1956×1351mm)。ホイールベースは100インチ(約2540mm)。車両重量は3245ポンド(約1472kg)。


こうして両サイドのドアを見比べると、ドア後方のデザインが違っていて、結果としてドアの長さが異なっていることがよくわかる。パッセンジャーサイドのドアを大きくしたのはリアシートへの乗り降りをし易くするための配慮であり、当時のAMCの大きなセールスポイントのひとつだった。

 


リアビューミラーやドアオープニングレバーなど、細かなパーツの造作が非常に凝っていて、ビッグスリーとはひと味違っているのもAMC車の特徴のひとつ。ドアのインナーパネル上部がウィンドウにかかるほど隆起したデザインも、他車では見ることのないユニークなポイントだ。


オリジナルのアルミホイールもその凝った造作が特徴的。当時の標準タイヤサイズはD78×14だった。


ウッド調パネルが与えられたインパネは、余計なものは一切与えられない極めてシンプルなレイアウト。撮影車のインテリアはライトベージュでコーディネートされ、クロス張りのローバックシートはサイズも非常にワイド。ボディサイズからは想像できない広々とした空間が確保されている。


ラゲッジスペースもご覧の通り充分な広さが確保されており、ステーションワゴンとしての積載能力もなかなかに優秀と言えそうだ。


搭載するのはボア3.75×ストローク3.90インチの258cuin(4.2L)直6。圧縮比8.0:1、2バレル・キャブレター仕様で、最高出力120hp@3600rpm、最大トルク201lbft@1800rpmという平凡なエンジンだがこれでもオプショナルユニットであり、標準エンジンの232cuin(3.8L)直6は90hpに過ぎなかった。なお、ペーサーにはパフォーマンス・オプションとして304cuinV8も用意されていた。