A-cars Historic Car Archives #034

'66 Oldsmobile Toronade

66年型オールズモビル・トロネード


Text & Photo : よしおか和

('60s General Motors Specialty Coupe/2011 Apr. Issue)

 Nov. 19, 2024 Upload

 GMのスペシャリティ・クーペ、それもステータスカーを代表するラグジュアリー・モデルと言えば、誰もが真っ先に思い浮かべるのがキャデラック・エルドラドではないだろうか? 

“黄金郷”を意味するそのネーミングは53年型から使われていたが、独自のボディとメカニズムが採用された本当の意味でスペシャルなエルドラドとなると、67年型から登場した2ドア・ハードトップ・クーペとなろう。そして、このエルドラドを語る際にはどうしても欠くことのできないモデルが存在する。エルドラドに先駆けて66年型で市場に投入されたオールズモビル・トロネードがそれであり、ここに紹介するのはまさにそのデビュー・モデルである。

 まずはこの極めて個性的なルックスに注目して欲しい。過去に例を見ないフロントマスクのデザインは、当時流行の最先端にあったコンシールド・ヘッドライトを採用したこともあって「前衛的」と表現するに相応しい。この普段は姿を見せないヘッドライトのシステムは、66年型においてはコルベット(C2)、ダッジ・チャージャー、そして後ほど紹介するビュイック・リビエラに採用され、1年遅れでマーキュリー・クーガー、シボレー・カマロRS、そしてキャデラック・エルドラドなどにも採用された。ただ、トロネードのそれはリトラクタブル・スタイルであり、他のモデルとはひと味違っている。また、後のコルベット(C3)が採り入れたシステムと同様であることも押さえておきたいたいポイントである。

 その風貌のみならずクォーターのフォルムやテールのデザインなど随所に特徴を持ち、インテリアにもまた既存のモデルにはないデコレーションを採り入れてスペシャリティ・クーペであることを強調したトロネードだが、なによりも際立っていた個性がそのドライブトレインだった。搭載エンジンはパワフルかつトルクフルな425cuinV8。これももちろん特筆すべき要素なのだろうが、なにより驚くべきは、その動力を伝えて駆動するのがフロントホイールであるということだ。

 

 

  2011年の現在にあってはV8のFWD(前輪駆動)も特に珍しい存在ではないが、このトロネードが登場した時代においては、FWD車のデメリットとも言える特性が大排気量になればなるほど強調されてしまって操縦性が著しく損われる可能性が高い、というのが通説となっており、少なくともV8を搭載する量産車にFWDが採用された例は見当たらなかった。

 FWDを採用するにあたりトロネードが採った手法は、従来通り縦置きしたエンジンの背後にトルクコンバーターを、左バンクの斜め後方にトランスミッション本体をレイアウトし、両者を金属製のチェーンで連結するという画期的なものだった。結果としてエンジンはボディの中心よりかなり右側にオフセットする形でコンパートメントされたが、その操縦性に悪い影響は見当たらず、普通にドライブする上ではFWDであることほとんど意識させることのない自然なフィーリングを実現していた。そして、ドライブシャフトをリアへと通すためのトンネルをフロアパネルに設ける必要のないFWDだからこそ成し得た広い室内空間が、スペシャリティ・クーペならではの居住性をもたらしたのである。

 このトロネードのFWD化で採用されたアイデアは、実はキャデラック・エルドラドのために生まれたものだった。しかしこの前代未聞のシステムを、GM、いや、アメリカを代表する高級車ブランドで試して万一失敗に終わったら……と考えると、いきなり採用するのはあまりにも冒険的過ぎた。そこでGMは、まずオールズモビル・ブランドでコンセプト・モデルを作ってテストし、次にそれをそのまま市販モデルに移行してユーザーの反応を確かめたのである。つまりこのトロネードはある意味モルモット的なモデルということになろうが、実はこれ以外にもオールズモビルやポンテアックがそうした役目を担っていたケースは多く、だからこそこれらのブランドの長い歴史において、思い切ったデザインや革新的なメカニズムを搭載した魅力的なモデルがいくつも存在しているのである。

 なにはともあれ、実際に撮影したトロネードをしかとご覧いただきたい。撮影車は比較的最近に海を渡ってアメリカからやってきたものだが、細部に至るまでオリジナルで美しいコンディションを保っている。特にインテリアの状態は素晴しく、歴代オーナーの愛情が強く感じられる。他のシリーズとは共通性のない独自のディテールに関しては、各部の写真に添えたキャプションで解説するが、なんとも味わい深いエキゾチックな雰囲気満載のラグジュアリー・クーペであり、できることなら特別な日のためにガレージに並べておきたい1台である。

 きっと、とっておきの記念日にこんなお洒落なクルマで過ごせたならさぞかし気分がいいことだろう。もっとも、いくら歳を重ねてもそんな素敵な時間とは無縁な筆者には、どう転んでも似合わないクルマなのかもしれないが……。

 


ホイールベース119インチ(約3023㎜)、全長×全幅×全高は211×78.5×52.8インチ(約5359×1994×1341㎜)。ビュイック・リビエラと共通のフレームをベースに当初はコンセプトカーとして設計されたものが、ほとんどそのまま市販モデルへと発展したのがこのオールズモビル製スペシャリティ・クーペだった。ちなみにこのトロネードもエルドラドもスタイリングの指揮をとったのはあのビル・ミッチェルである。


エンジンはオールズモビル製の425cuinスーパーロケットV8。ボア4.125×ストローク3.975インチ、圧縮比10.5:1で、最高出力385hp@4800rpm、最大トルク475lbft@3200rpmというパワーを発生する。37年型コードからおよそ30年、GMとしては初の試みとなるFWD機構によって、エンジン本体が大幅にパッセンジャーサイド寄りにレイアウトされているのが特徴だ。


トロネードのトランスミッションは3速オートマチックのTH-425に限定。エンジンの背後にトルクコンバーター、左斜め下にミッション本体が配置され、両者を連結するチェーン部分もケースで覆われる。


極めて独創的で個性的、言い方を変えればかなりアクの強いフロントマスク。リトラクタブル・ヘッドライトのデザインは後にC3が採用したものと酷似している。あるいはこれもトロネードによって試された部分なのか……?


ボディカラーとコーディネイトされ、シックかつ高級感の漂うインテリア。フロント・ベンチシート前方のフロアには広々としたレッグスペースが広がる。これはもちろんFWDでなければ実現しない空間である。


ステアリングホイールやインパネのデザインも、同ブランドの他のシリーズとは共通性のない独自のもの。スピードメーターのメカニズムもユニークだ。


クロームによるデコレーションが印象的な専用ホイール。当時の標準タイヤサイズは8.85×15。


他に例を見ないユニークなデザインのサイドミラーもスペシャリティ・クーペならではのアイテムと言えよう。