A-cars Historic Car Archives #037
'69 Ford Mustang BOSS 302
69年型フォード・マスタング・BOSS 302
Text & Photo : よしおか和
(Mustang Heritage/2008 Aug. Issue)
Dec.6, 2024 Upload
1966年にスタートすると同時に全米のカーGUYたちを熱狂の渦に巻き込んだSCCAトランザム・シリーズ。このレースシリーズにおける成績は新車の売り上げにも直接大きな影響を及ぼし、業界では“Win on Sunday, Sell on Monday”(=日曜に勝って、月曜に売れ)などというフレーズまで叫ばれた。まさにポニーカー・ウォーズの時代である。そしてマスタングBOSS302は、68年シーズンに圧倒的な強さを見せたライバル、カマロZ28を倒す目的で69年に投入されたモデル、すなわち新たなるトランザム・マシンをレースウェイに送り込むためのホモロゲーション・カーである。
このBOSS302マスタングの開発にあたり直接その指揮を執ったのは、当時GMからヘッドハンティングされて移籍したばかりのバンキー・ヌードセン(かつてポンテアック・ディビジョンでGTOを作り上げた功労者であり、マッスルカーを語る上で欠かせない人物のひとりでもある)だった。彼はまず絶対的な戦闘力に欠けていたフォードの302cuinV8を大幅に改良するために、当時まだ開発中だった新デザインのシリンダーヘッドをドッキングさせた。この新ヘッドの特徴は、吸排気のバルブがそれぞれ斜めにオフセットされて並んでいることで、これによって2.23インチ(吸気)、1.71インチ(排気)までバルブの大径化を果たすことが可能になった。市販モデルに搭載したユニットは圧縮比10.5対1で、最高出力290hp、最大トルク290lbftを誇り、前年の同排気量ユニットと比較して格段にパワフルだった。
シャシーの開発はフォードの特殊開発部門によって進められ、新たに採用することが決定していた15インチ・ワイドリムとF60タイヤに対応すべく、前後のスプリングレートをハードに設定し、ショックアブソーバーとスタビライザーを強化。さらにショックタワーをヘビーディーティ化し、スピンドルも見直して、最終的なサスペンション・セッティングを決定した。そして、ボディのデザイン面に関して手腕を発揮したのがラリー・シノダである。シノダといえば、誰もが知るあのコルベット・スティングレイのデザインを生み出した男だが、実はバンキーがGMからフォードに移籍する際に一緒に連れてきていた。シノダは69年型のスポーツルーフをベースに、そのクォーターパネルに設けられていたダミーフードを廃し、フロントフェンダーを競技用のタイヤに合わせて若干フレアさせた。そしてエンジンフード、ヘッドライト・ハウジング、トランクリッド、テールパネルにそれぞれブラックペイントを施し、ボディサイドには反射タイプのCストライプ・デカールを奢った。さらに15インチのマグナム500ホイールや前後スポイラーを装着して、レギュラーモデルとは明らかに異なるイメージのスペシャル・マスタングに仕上げたのである。
今回撮影したのは92年に日本に輸入されたマッチング・ナンバーの1台で、オーナーの熱意とこだわりのもとに美しくレストアされたBOSS302である。一部仕様がSCCAトランザムカーに準じている部分も含めて、非常にクールな姿を見せつけている。ちなみに、このBOSS302というネーミングは、ラリー・シノダがGM時代から上司である“バンキー”ヌードセンを呼ぶときに使っていたBOSSという呼称に由来するもの。誰もが憶えやすく、特別なモデルとしての性格をよく表現している名前としてシノダが提案した案が採用されたと伝えられている。
エンジンコードG、BOSS302独自の302ユニットは、後にクリーブランドと呼ばれるようになる独特なバルブ・レイアウトを採用したシリンダーヘッドを、従来のウィンザー・ブロックと組み合わせたもの。ボア4.00×ストローク3.00インチ、コンプレッションレシオは10.5対1で、最高出力290hp@5800rpm、最大トルクは290lbft@4300rpm。ただし取材車はトランザム・レース仕様のインテーク・マニフォールドに、デーモン製のキャブレター(オリジナルはホーリー780cfm)、MSDイグニッションなどを採用し、さらなるパワーアップを果たしている。
エンジンフードの大部分とヘッドライト・ハウジングにブラックのペイントが施されるのが69年型BOSS302の大きな特徴。さらにブラックのフロントスポイラーが装着され、一段と凛々しい表情が生み出された。
クォーター・パネルのダミー・スクープが廃され、トランクリッドとテールパネルがブラックペイントされ、同じくブラックのウイング・スポイラーが与えられて、マック1とは一味違ったクールさを見せつけるリアスタイル。リアウィンドウのキックルーバーはオプションアイテムとなる。
ボディサイドを飾るこの反射タイプのCストライプもまたBOSS302の特徴のひとつ。レースのホモロゲーションカーとして生を受けたこのBOSS302には、ウィンブルドン・ホワイトのほかに、ブライト・イエロー、カリプソ・コーラル、アカプルコ・ブルーと、全部で4色のボディカラーが用意されていた。
インテリアではステアリングの変更やタコメーターの追加などが見受けられるが、基本的にオリジナル・ディテールを尊重しつつレストアされていることがわかる。ステアリング・ギアボックスは16対1のクイックレシオ。トランスミッションはフォード製のトップローダー・4スピード・マニュアルで、白い丸ノブのハースト・シフターが雰囲気を醸している。ちなみにデファレンシャルはフォード9インチだ。
オリジナル・ホイールはマグナム500で、それにF60-15の“ワイド・O・オーバル”ホワイトレター・バイアスタイヤを組み合わせていた。ただし取材車はトランザム・レースカーの多くに装着されていたミニライト製リムに、グッドイヤーのポリグラスGTを組み合わせている。ちなみに、BOSS302のフロントフェンダーは、このワイドな15インチ・タイヤを装着する前提で若干フレアされていた。サスペンションではヘビーデューティ・レートのコイル&リーフ・スプリングにガブリエル製ショック、0.75インチ径のフロント・スウェイバーを採用している。