A-cars Historic Car Archives #039

'69 Chevrolet Camaro 427 (C.O.P.O. 9561)

69年型シボレー・カマロ 427(C.O.P.O. 9561)


Text & Photo : James Maxwell

(Muscle Car Review/2008 Feb. Issue)

 Dec. 20, 2024 Upload

 

 69年型C.O.P.O.(セントラル・オフィス・プロダクション・オーダー)カマロは極僅かな台数しか存在しない。現在これを1台所有しているだけでも誇らしいことだが、それが69年当時に自らが新車で購入した個体ならば、さらに思い入れは深いものになるだろう。

 そんな69年型C.O.P.O.カマロを所有している人間が、過去に本誌にもたびたび登場しているケビン・ドゥワイト氏だ。現在アリゾナ州に住む彼は、69年にミシガン州グランドラピッズにあるバーガー・シェビーというディーラーで、427cuinV8がファクトリーで搭載されたカマロを新車で購入した。2008年となった現在ではそれから39年という歳月が流れたことになるが、そのC.O.P.O.カマロはショールームに飾られるレベルのコンディションで、彼の手元にある。

 69年型のC.O.P.O.カマロでショールーム・コンディションともなると、通常はガレージやどこかの倉庫に厳重に保管されていたりするもの。ミュージアムに展示されていてもおかしくない。だが、ドゥワイト氏はこのカマロを普段からドライブしている。ショーやイベントにも会場までは自走していく。カーショーなどで69年型カマロ自体は決して珍しい存在ではないが、自らの素性を誇らし気に主張するかのような“COPO427”と書かれたライセンス・プレートを見ると、多くのカーGUYたちの目つきは変わる。

 ショー会場において、ギャラリーはまずこのカマロのコンディションに驚き、エンジン・ルームに収められた427cuinV8に感嘆するが、その中には必ずこのカマロがC.O.P.O.だということを疑う人物がいるという。そんな彼らは決まってこのカマロの幾つかのディテールを指し、本物のC.O.P.O.ではないと主張するそうだ。物静かなドゥワイト氏は黙って彼ら“専門家”たちのウンチク話を最後まで聞き、それが終わったところでグローブボックスに入っているオリジナルのペーパーワークを取り出す。そして自らの運転免許証とペーパーワークの所有者欄に記載された人物が同一であること=自らがオリジナル・オーナーであることを明らかにする。こうすると、さらにウンチクを垂れる人物は一切いないという。無駄に議論はせず、静かに動かざる事実を突きつけるのが氏のやり方なのだ。それにしても、その事実を突きつけられた時の“専門家”たちはどんな表情をするのだろうか……。

 

 

 C.O.P.O.コード9561。これが427を搭載するC.O.P.O.カマロを示しているわけだが、当時489.75ドルだったこのオプションの存在は、極僅かなディーラーにしか知られていなかった。このC.O.P.O.9561における主役は、なんといってもL72として知られる427cuinV8エンジンである。圧縮比11.0対1となる鍛造ピストン、ヘビーデューティ・コンロッド、鍛造クランク、4ボルト・メインベアリング・キャップ、ソリッドリフター(0.5197インチ・リフト/336度デュレーション)、レキュタンギュラー(長方形)・ポート・ヘッド、ホーリー780cfm4バレル・キャブレター、アルミ製ハイライズ・インテーク、ディープグルーブ(深溝)・プーリー、といった内容によって、425hp@5600rpmという尋常ではないカタログ数値を示すハイパフォーマンス・ユニット、それがL72である。

 ファクトリーで427を搭載したC.O.P.O.カマロのパフォーマンスを当時のテストデータから見てみよう。

 1969年にスーパーストック&ドラッグ・イラストレイテッド誌が行ったテストでは、クォーター・マイル12.15秒、トラップスピード114mphという数字を残している。この時のテスト車両はストックのエキゾースト・マニフォールドからチューブラー・ヘダースに変更され、6インチのエクステンションが付けられたオープン・ヘダース仕様となっており、その他には点火時期の変更、リア・スプリングの強化、そしてリアに8インチのM&H製スリックを履いていた。同誌ではその後さらに点火時期を2度進めて再テストを行っており、そこでは11.94秒/114.50mphという数値を叩き出している。最小限のスープアップを施しただけのクルマがこのようなテスト結果を残したのだから、テストに関わった全ての人間が度肝を抜かれたのはいうまでもない。同誌はこのテスト結果についてこう書いた。

“信じられないだろうが、本当にストックの状態であのタイムを出したのだ。正直言って、我々もここまで速いとは思っていなかった。キャブレターのセッティングも変更していなければ、プラグもノーマルのストリート用プラグのままなのだが……」

 今回の撮影車両は、このときのテスト車両と同じ4スピード・トランスミッション+4.10レシオのポジトラクションが入った12ボルト・リアエンドという仕様。アフターマーケットパーツは後にオーナーにより取り付けられたフッカー・ヘダースとトラクション・バーのみで、テストカーの仕様と似ていることから、そのポテンシャルも限りなく近いものがあると思われる。

 しかも撮影車は、極めてレアな“ダブルC.O.P.O.”カーである。というのは、先に記したC.O.P.O.9561のオプションに加えて、C.O.P.O.9737(スポーツカー・コンバージョン・パッケージ)というC.O.P.O.オプションも選択しているのだ。このC.O.P.O.9737パッケージには、スペシャル・ゲージ、強化スタビライザー、そしてE70×15タイヤを組み合わせたラリー・ホイールが含まれていた。記録によれば、69年型においてこの形で発注されたC.O.P.O.カマロはわずか40台。そのうち20台が69年2月に、残り20台は5月にリリースされている。

 

 

 さて、ドゥワイト氏とこのC.O.P.O.カマロのヒストリーにも触れておこう。69年のある日、バーガー・シボレーのショールームを訪れたドゥワイト氏はまだ20歳の青年だった。それまでにスーパーの仕事で貯めた1200ドルを頭金にして428コブラジェットを搭載したフォード・トリノを買うつもりだった氏だが、たまたまドライブ中に通りかかったバーガー・シボレーに展示されていたカマロが目にとまり、吸い寄せられるようにショールームに入っていったという。そのカマロのプライスボードには3980.10ドルと書かれていたが、すでに69年モデルイヤーも後半に入っていたこともあり、セールスマンは3685.56ドルにディスカウントするという。文句のないハイパフォーマンスカー、そして300ドル以上の値引き。氏は1200ドルを頭金にして、このカマロの購入を決意した。

 ところがここで思わぬ難題が持ち上がった。息子が高価なハイパワー・マッスルカーを買うことに反対する両親が、ローンの保証人になることを拒否したのである。だが、ドゥワイト氏は諦めずに再びディーラーを訪れてセールスマンと相談。21歳になれば保証人が要らなくなるということで、それまでカマロをディーラーで預かってもらうことにした。氏の誕生日は、12月24日。そして69年のクリスマス・イブにドゥワイト氏は21歳となり、晴れて最高のクリスマス・プレゼントを手に入れたのである。

 その後、カマロでドライブやレースに明け暮れていた氏だが、実は1974年にコルベットに目を奪われて、そのカマロを売却してしている。しかし、その後に失った物の大きさを実感し、そのカマロの行方を探し出して1990年代の前半に買い戻すことに成功したのである。つまり、氏はこのC.O.P.O.カマロのオリジナル・オーナーだが、このC.O.P.O.カマロ自体はワンオーナーではないのだ。現在このC.O.P.O.カマロは、ドゥワイト家のガレージにおける王様であり、家宝のようなものだという。氏がこのカマロを手放すことは二度とないだろう。

 


大きく盛り上がったZL2フードの下に収まるのはL72、427cuinV8。カタログ数値における最高出力は425hpとなっているが、実際には450hp以上を絞り出す。オリジナルのままにあるキャブレターはホーリー780cfm4バレル。この427エンジンを搭載したカマロにディーラー保証まで付いていたのが69年という時代だった。


取材車はRPOコードD90、ホッケースティック・タイプのストライプを有するが、このカマロが本物のC.O.P.O.ではないと主張する人の多くがこのストライプの存在を根拠に挙げるという。多くのエンスージアストたちがC.O.P.O.カマロは例外なくストライプを持たないでリリースされたと考えているようだが、撮影車のような例外も存在するのである。


エンジンフードに備わる427のスクリプト・バッジは、かつてドゥワイト氏が友人とともにドリルで穴を開けて取り付けたもので、オリジナルではない。ある意味青春時代の思い出であり、撮影車に対する氏の思い入れもこのバッジとともにあるのだ。


リアガーニッシュに備わるBergerのエンブレム。ミシガン州郊外の小さなシボレー・ディーラーだったバーガー・シボレーは、現在ではC.O.P.O.カマロを販売したディーラーとして知られる存在。このエンブレムも現在となっては超プレミア・アイテムである。


千鳥格子のビニールカーペットが時代を感じさせるトランク。一度も使用されたことのないスペアタイヤやジャッキはオリジナルのままにある。


エンジンの状態を知るために、アフターマーケットのゲージ(油圧計と水温計)が追加されている以外はオリジナルの姿を保っているインテリア。ホワイトの丸いシフトノブが時代を感じさせる。トランスミッションはマンシーのM21クロスレシオ。


ドゥワイト氏がオリジナル・オーナーであること、そして撮影車がダブルC.O.P.O.カーであることは、これらの書類が証明してくれる。当時のインボイスはそのままの状態で保存されている。ウィンドウ・ステッカーの方はディスプレイ用として新たに作られたものだが、本物のウィンドウ・ステッカーもしっかりと残っており、そちらはドゥワイト家の金庫に保管されているという。(編集部注・ドゥワイト氏の名前以外の個人情報にはデジタル処理を施しています)

 


若かりし頃にこのカマロと一緒に撮った写真を手にするドゥワイト氏。1969年12月24日に新車で購入してから1974年の8月22日まで、氏はほぼ毎日このカマロをドライブしていた。74年に手放し、90年代に入って苦労の末に探し出して買い戻すことに成功したわけだが、その間にこのカマロがジャンクヤードへの道を辿っていなかったことは幸運だったというしかない。ちなみに、再入手した時点での走行距離は、74年の売却時から8000マイルしか増えていなかったという。