A-cars Historic Car Archives #040
'69 Hurst/Olds
69年型ハースト/オールズ
Text & Photo : James Maxwell
(Muscle Car Review/2007 Oct. Issue)
Dec. 26, 2024 Upload
“あくまでテストコースを走っただけの感想だが……”
1969年6月号のカークラフト誌に掲載された新型ハースト/オールズのレポート記事はそんな文章からスタートした。
“このクルマは、クルマというものに移動手段以外の何かを求める人に向けてリリースされたものといえるだろう。さらにいえば、狭いコクピットで身にまとったスリーピースのスーツをシワだらけにすることなく目的地に到着したいと望む人に適しているクルマである”。
ハーストが、パーソナル性とパフォーマンスの“バランス”を特に重視して仕上げたこのハースト/オールズは、各メーカーにとってもラグジュアリー・パフォーマンスカーの手本となった存在だ。
このハースト/オールズが誕生したのは1968年のこと。オールズモビル・4-4-2をベースとして、W45=455cuinV8トロネードを搭載し(エアコンを組み合わせたW46はオプション)、もちろんハーストのフロアシフトも備わっていた(ただし、トランスミッションにATを選択した場合は、デュアル・ゲート・シフターとなったが……)。
ペルヴィアン・シルバーにブラック・トリムという組み合わせを与えられた68年型ハースト/オールズだが、実は当時のGMの社内規定では、インターミディエイト用のシャシーであるAボディに400cuin以上のエンジンを搭載することが禁止されていた。にも関わらずハースト/オールズがリリースされたのは、オールズモビルがその社内規定の抜け道を見つけたからである。オールズモビルはベース車両を社外の企業に送り、そこでエンジンを455cuinV8に換装することで規定を潜り抜けたのだ。
ハースト/オールズの試作段階において、455V8を搭載するためにホイールベース112インチのカトラス・シリーズのボディが送られた先は、もちろんハースト・パフォーマンスだった。そして当時ハーストで働いていたジャック・ワトソンが、オールズモビル・ディビジョンで最もエクセレントなモデル=ハースト/オールズの原型を作り上げて提案したのである。
オールズモビルは、このモデルの販売を決定し(当時のオールズモビルは、パフォーマンスカーで突き抜けたモデルを生産するには限界があった)、モデルのアレンジについては地理的に近いこともあってハースト・パフォーマンス・リサーチが行うことになった。
実はこの当時のオールズモビルは、GMの首脳陣から“Menopause Manor”(古びた屋敷)と揶揄されるような存在だった。新しい顧客が増えることもなく、年々販売台数は減り、世間的にも“高齢者の乗るクルマ”というイメージが定着していたからだ。そしてワトソンとジョージ・ハーストは、なによりもこのイメージを打破する必要性を感じていた。
そのためにも、オールズモビル・ディーラーの店頭に大排気量のマッスルカーが並ぶことには意味があるとワトソンは訴えた。彼は、エグゼクティブ・ホットロッドの市場があると睨み、これをオールズの顧客、つまりお金のある高年層に提案しようと考えたのである。当時のオールズモビルを支えていた高年層の顧客たちが、オールズが過去に生んだ名パフォーマンス・ユニット、ロケットV8やオールズJ2トライパワーに胸を高鳴らせた世代ということも、もちろん計算に入っていただろう。
しかし、オールズモビルは、生産化に向けて動き出した段階においても、まだこのプロジェクトの成功には確信を持てずにいたようだ。実際、本格的な生産の開始前、全米のディーラーからのオーダー受付を開始する週の月曜日の朝の会議で、オールズモビルのボス、ジョン・ベルツは「金曜日までに150台以上のオーダーが入らなかったら発売を中止する」と語っているのだ。
しかし、彼の心配は杞憂に終わった。その会議の終了後、すぐさまオールズモビル本部から全米のディーラーに向けてハースト/オールズの発売を知らせる緊急リリースが送られたのだが、その週の木曜までに実に1700台ものオーダーが入ったのだ。
ハースト/オールズの生産が本格的に決定したことを受けて、ハースト社はディマー・エンジニアリング社と契約。オールズモビルのファクトリーにほど近い、ミシガン州ランシングにあるディマー社においてペイントやオプション類のインストールが行われることになった。
ここで興味深いのは、オールズがディマー社に送るベース車両には、既に455エンジンが搭載されていたことである。この事実は生産後20年間伏せられていたのだが、GMの排気量制限下で生み出されたマッスルカーたちには、この手の裏話が数多く残されている。
さて、この1968年にワトソンが製造委託を受けたハースト/オールズは500台だった。しかし、実際に彼らが送り出したのは515台と記録されている。これは当時の有力ディーラーが、在庫として持っていた新車のカトラスをハースト仕様にして欲しいと強引に注文してきた分が含まれているからだ。この68年型で溢れたオーダーは、翌69年型をベースとしたハースト/オールズに殺到することになった。実際には69年4月にリリースされたこの二代目のハースト/オールズだが、その多くが、実際の姿を見ることなくオーダーされたのである。
69年型ハースト/オールズのボディカラーは68年型のシルバーからカメオ・ホワイトとなり、そこに印象的なゴールドのアクセントが加わるという特徴的なもの。このアクセントは、ボディサイド、エンジンフード、ルーフ、デッキリッド、さらにはシート(ヘッドレスト)にまで及んでいる。そしてハンドワークによるブラックのピンストライプもあしらわれているのだが、これらのペイントがすべてファクトリーで行われたことには驚かされる。
ファイバーグラス製のエンジンフード上にツインで備わるエアスクープは、俗に“Rural Mail Box”(田舎の郵便受け)などと呼ばれたもので、リアのウイング・スポイラー、ティア・ドロップ型のサイドミラーなどとともに、正式なパッケージの一部である。ホイールはスーパーストックⅡホイールと呼ばれるもので、標準で組み合わされたタイヤはグッドイヤーのポリグラスである。
そして注目のパワートレインだが、搭載エンジンは引き続き455cuinV8が採用されている。その内容は、#230652シリンダーヘッド、シリコンクロム・バルブスプリング、10.5対1ピストン、ハイドラリック・カムシャフト(0.471リフト、デュレーション285/287度)、4バレル・クアドラジェット・キャブレター、フレッシュ・エア・インダクション・システム、進角調整済みディストリビューター、デュアル・ブリーザー付きバルブカバー、デュアル・エキゾースト(2.25インチ径)というものだ。
この屈強なエンジン(W34)の最高出力は、メーカー発表値によると380hp@5000rpm。しかし、このエンジンの特徴は最大トルク値にあり、実に500lbft@3000rpmという値が発表されている。
トランスミッションはAT(ターボハイドラマチック)が標準とされた。ただし、このATはバルブボディ、アウトプットシャフト、ブッシュ、クラッチなどに変更が加えられたもの。シフターにはデュアルゲート・シフターを採用。これはフル加速時のマニュアル的操作を可能とするものであり、ドラッグレーサーが泣いて喜ぶシロモノだ。
このほかには、アンチ・スピン・デファレンシャルも標準装備。リアエンドは3タイプが用意され、3.42がスタンダード。オプションでノンエアコンが条件となる3.91と、エアコンとの組み合わせが可能な3.32が用意されていた。サスペンションは4-4-2と同じものとなり、フロントにはパワー・ディスクブレーキを標準装備している。
この69年型ハースト/オールズの実力はどのようなものだったのか。冒頭で触れたカークラフト誌のテストにおいて、69年型ハースト/オールズはクォーターマイル13.99秒@100.28mphという実力を見せている。このほか、モータートレンド誌のテストでも13秒台をマーク(13.98秒@101.28mph)。スーパーストック&ドラッグ・イラストレイテッド誌では14.02秒@100.55mph、ロード・テスト誌では13.98秒@99.88mphをそれぞれ記録している。最も成績が悪かったのがホットロッド誌で、14.21秒@99.66mph。もちろん、いずれのテストカーも特に軽量化を行ったものではなく、3900ポンド(約1769kg)を超える重量のまま走った結果である。そう考えると、これらの成績には455エンジンのトルク・モンスターぶりがよく表れているといえるだろう。
69年型ハースト/オールズの生産台数は914台。そのうち912台がホリデイ・クーペであり、僅か2台がコンバーチブルだった。ちなみに、そのうちの1台は、当時ハーストの広告に起用されていた“ミス・ゴールデン・シフター”ことリンダ・ヴォーンに贈られている。
さて、ホワイト&ゴールドの派手な出で立ちに身を包んだこの69年型ハースト/オールズだが、そのエンジンフードに備わるエアスクープには“H/O455”と記されている。H/Oは、もちろんハースト/オールズの略だが、当時はそのポテンシャルから“Hairy One”(“危険な1台”、“ヤバイ1台”といったニュアンス)と呼ばれることすらあったという。
写真でご紹介している美しいハースト/オールズは、アリゾナ州在住のフレッド・マンドリック氏が所有する1台で、ショー・ウィナー級のコンディションを保っている。マンドリック氏は熱烈なるオールズモビル・コレクターで、60年代から70年代初頭にかけてのコレクタブル・オールズを何台か所有しているのだが、その中でもフラッグシップ的な存在が、この69年型ハースト/オールズだという。細部まで入念にフルレストアされたこの姿を見れば、氏が胸を張るのも頷けるというものだ。
エンジンフード上に備わる特徴的なツイン・エア・スクープを、オールズモビルでは正式に“デュアル・インレット・オゾン・グラバー”と呼んだ。もちろんカタチだけではなく、実際に吸気システムの一部として機能している。
搭載するのはオールズモビル製の455cuinV8。最高出力は380hp@5000rpm、最大トルクは500lbft@3000rpm。エアクリーナー上部には、エンジンフードに備わるツインスクープの出口部分と密着させるためのスポンジ状のシールが被さり、その内側にはエンジンの負圧によって開くエアバルブが備わる。エアクリーナーを外すと姿を現すのが、ロチェスターのクアドラジェット4バレル・キャブレター。写真からもわかるように、極上のオリジナル・パーツを用いてフルレストアされている。ピストンには圧縮比10.5:1となるディッシュ・ピストンを採用。バルブ径はインテークが2.07インチ、エキゾーストが1.62インチとなる。
タイヤはオリジナル通りのグッドイヤー・ポリグラスGT。F60×15のポリグラスGTが登場したのはこの69年のことだが、扁平率60%がまだ珍しかったこともあり、多くのユーザーがレーシングタイヤのような印象を抱いたという。
ハースト/オールズが製造されたのはミシガン州ランシングだが、リアに備わるグラスファイバー製のウイング・スポイラーは、ランシング近郊の空港で見かけたセスナ機をヒントに生み出されたというのが通説になっている。その効果の程は、時速60マイルで15ポンドの、時速120マイルで64ポンドのダウンフォースを生むと言われている。
「購入時には、外装はそれなりだったが内装は明らかにレストアが必要な状態だった」とオーナーのマンドリック氏。インテリアはレジェンダリー・オート・インテリア社のパーツを用いて完璧にレストアされ、新車同様の状態に蘇っている。シートのヘッドレスト部分にもゴールドのアクセントが入り、ウィンドウ越しにもオシャレな印象を与える。こんなところもハースト/オールズならではの特徴だ。
ウッドトリムを配したデュアルゲート・シフターを採用。基本的には3スピードのターボ400ATで、通常はパーキング、リバース、ニュートラル、ドライブが配された左側のゲートを使うことでごく普通の3ATとして機能する。写真では見難いが、そのドライブ・ポジションから枝分かれした右側のゲートは上から順に3速、2速、1速となっており、マニュアル的な操作が可能となることでドラッグレースなどで重宝した。ドラッグレースでは1速から順次シフトアップしていくわけだが、この右側のゲートは3速から上が切られていないため、誤って他のポジションにレバーを入れることを防ぐ役割も果たしている。
HURST/OLDSのエンブレムは、フロントフェンダーとリアのデッキリッドに備わる。69年当時から現在に至るまで、このエンブレムが多くのマッスルカー・ファンのハートを射抜き続けているのはいうまでもないだろう。