A-cars Historic Car Archives #042

'70 Dodge Coronet Super Bee 426HEMI

70年型ダッジ・コロネット・スーパービー・426HEMI


Text & Photo : James Maxwell

(Muscle Car Review/2008 Jan. Issue)

 Jan. 16, 2025 Upload

 

 あなたにとって「佳き良き時代」とは?

 こんな質問に対して、アメリカ人男性の多くが“マッスルカーERA”と答えるかもしれない。1960年代中盤から70年代初頭にかけて、アメリカ国内では各メーカーが次々とファクトリー・ビルトのハイパフォーマンス・カー、即ちマッスルカーを世に送り出した。インターミディエイト・クラスを中心とした強靭なパワーを発するエキサイティングなマシンたちが、アメリカ中のCar Buffを虜にしたのは言うまでもない。70年代になって徐々に姿を消していったマッスルカーだが、アメリカの自動車史や自動車文化に与えた影響はあまりにも大きかった。

 当時は比較的に低めに価格設定されたマッスルカーも多く、若者でも気軽に楽しむことができたことも重要なポイントだ。もちろん、金銭的に余裕のある人間に向けて、さらにパワーのあるエンジン・オプションも用意されていたし、そのほかにもドラッグレースに適したヘビーデューティ・トランスミッションやギア・パッケージなどまで設定されていた。

 とにかく“マッスルカーERA”のアメリカでは、いつでも、どの町のストリートでも、当たり前のようにマッスルカーが走っていた。現在になってみれば夢のような光景だが、近所のディーラーに行けば、誰でも気軽にマッスルカーを買うことができた時代だったのだ。

 

 

 今回の主役である70年型スーパービーも、マッスルカーERAに生まれて一世を風靡した一台である。しかも取材車は426HEMIという、誰もが認めるモンスター・パワープラントを搭載しているモデル。そのファースト・オーナーはイリノイ州に住むフレッド・テイラーという男性だった。

 さて、この426HEMIだが、カタログのパワーレーティングによると425馬力とされているが、実際には500馬力近いといわれている。いまさらかもしれないが、HEMIエンジン最大の特徴はそのネーミングの由来でもある“Hemispherical”=半球型の燃焼室を持ったシリンダー・ヘッド。この燃焼室デザインの採用によって、理想的な燃焼効率、給排気効率を実現しているのである。

 取材車はこのHEMIエンジンのほかにも、ヘビーデューティ・コンペティション・トランスミッション(4スピード・マニュアル)や4.10リアエンドなど、ドラッグ・ストリップでのパフォーマンス強化を狙ったオプションを装備している。426HEMIに4スピード・トランスに4.10のリアエンド……実に強烈な組み合わせだ。

 写真にも見えるエンジンフードはラムチャージャー・フードと呼ばれるもの。これはHEMIエンジンを搭載した70年型スーパービー全てに標準装備され、側面に“HEMI”のエンブレムがおごられているツイン・スクープもしっかりと機能している。HEMIカーであることを端的に物語るこのエンジンフードを持ったマシンは、当時からストリートでも恐れられていた。実際に、ストリート・ドラッグに目がなかったという初代オーナーも、このマシンの風貌のせいで対戦相手が見つからなかったそうだ。だが、そこで彼は考え、あえてエンジンフードをスタンダードのものに交換したという。そのフードは本来383cuinV8を搭載するスーパービーに装着されていたもので、ツイン・スクープの代わりにセンターにバルジがひとつ備わるタイプだった。この作戦は功を奏し、エンジンフード変更後は、このスーパービーを350馬力のスタンダード・モデルと思い込んだ人間が次々と勝負を挑んできたという。その結果は……これは皆様の想像にお任せすることにしよう(笑)。

 

 

 さて、この取材車は現在MOPARコレクターとして知られるビル・ワイマン氏が所有している。HEMIエンジンとトランスミッションがナンバーズ・マッチングの状態にあるのはいうまでもない。だが、長年の間に幾つかのアフターマーケット・パーツが組みつけられたり、少々サビが浮いてきたという理由で、2005年にレストレーションが決行された。仕事はトミー・ホワイト率いるアロハ・オートモティブ・サービス(以下=ASS)に依頼した。

 当初ワイマン氏は簡単な補修で済ませる予定だったというが、気が付けば完全なフレーム・オフ・レストレーションという大掛かりなプロジェクトになっていた。426HEMI+4スピード搭載のハードトップ・モデルはわずか21台しか生産されなかったという事実が、大金と時間をかけてでもオリジナルの状態に戻そうとワイマン氏を決意させたのかもしれない。このスーパービーはワンオーナーではなく数人のオーナーの下を渡り歩いているが、実走行は3万8000マイルと年式から考えれば極端に少なく、実際のコンディションも悪くなかったという。

 プロジェクトでは、まず426HEMIのコンプリート・オーバーホールが行われた。AASのファクトリーにはブロック・マシン、シリンダーホーン、ヘッド面研マシン、各バランサーなどなど、エンジン・ビルディングに必要な設備が全て揃っており、どんな仕事も外注する必要がない。そのおかげもあって、426HEMIはスムースに完璧な状態へと戻され、これと並行してトランスミッションとリアエンドもファクトリー・スペックに基づいてリビルドされた。エンジン、トランスミッション、デファレンシャルの内部までオリジナル通りに完璧に仕上げる。ここで言うフルレストレーションとはそういうものなのだ。

 補器類などのうち、アフターマーケット・パーツに交換されていた物は全てオリジナル・パーツに戻されたが、これも簡単な話ではない。AASには24人のスタッフが勤務しているが、その内の二人がこのスーパービーのパーツを探す担当となり、毎日インターネットをはじめ、ジャンクヤードやパーツショップ、さらには国中のディーラーシップのデッドストック・パーツを検索したのである。そんな地道な努力の甲斐もあり、必要なオリジナル・パーツが全て揃ったわけだが、中でも注目は、オリジナルのラムチャージャー・フードまで探し出したことだ。それもエアクリーナーへとつながるダクトも無傷のままフード下に備わっていたというから驚きである。

 ボディ&インテリア・ワークもAASが手がけた。純正のオレンジ・メタリックのペイントは完全剥離され、錆びていた部分は全て切り取られた後に新たなシートメタルが与えられた。インテリアにも新品のオリジナル・パーツがおごられ、くたびれたクロームは全てリクロームされている。最後にやはり新品のバイナルトップ、サイド・ストライプ、そして当時履いていた物と同じグッドイヤーのポリグラスGTが装着されて、プロジェクトはフィニッシュした。

 このレストアには半年という時間が費やされたが、完成したスーパービーを初めてドライブしたワイマン氏は感動を隠せなかったという。見栄えや、パフォーマンスはもちろん、匂いまでもが1970年に納車された状態そのものだったというから、それも無理のない話である。

 


ワイマン氏が取材車を入手した当時の写真。クレーガーのアルミ・ホイール&ドラッグスリックを履き、ヘダースやアフターマーケットのプラグコードも取り付けられているなど、完全なる「ストリート・レーサー」仕様だった。


フルレストアの過程で錆びた部分は全て取り除かれ、リプレースメント・パネルが貼られた。こういったボディ・パネルの補修もAASスタッフのハンドワークによるものだ。


塗装に至るまでの工程は、細かい傷&へこみのパテ埋め、プライマー、サンディング、再度プライマー、再度サンディング、またプライマー、サンディング、またまたプライマーときて、最終サンディングに至るというもの。ボディワークだけでも膨大な時間と労力が費やされているのである。


オリジナルのラムチャージャー・フードが発見されたのは“奇跡的”とでもいうしかない。デッキリッドも歪みが完全に取り除かれた後にボディと同じ工程で塗装面が仕上げられた。こういった作業を「オーバーレストア」と呼ぶ者もいるようだが、価値が認められるヒストリカル・マシンには、これくらいこだわりを持ったレストレーションが相応しい。


完全にストレートになったボディにニュー・ペイントが吹きつけられる。AACではペインティングが終わると、バフ掛けをするまでに2週間位寝かせるという。


エンジンも全てバラされた後に組み直された。ストリートHEMIパッケージでは圧縮比10.25:1の鍛造アルミピストンが採用されている。また、排出ガス規制を受けて、1970年から426HEMIにはハイドロリック・リフターが標準採用されている。ちなみにロッカーアームは強度抜群の鍛造スチール製。HEMIヘッドには2.25インチのシリコン・クローム製インテーク・バルブ、そして1.94インチのエキゾースト・バルブが収まる。


大抵エンジンは上からボディに載せられるのだが、MOPARの場合、写真のようにボディの下側からエンジンを搭載する方法がとられることも多い。この方がボディを傷つけるリスクが少ないというメリットもある。


当時の写真を参考にしながら慎重にストライプが貼られていく。一旦乾いてしまうと貼り直すことは不可能なので、この作業には細心の注意が払われる。


ひび割れてしまったヘッドレストも、AACでは新品のようにリペアしてしまう。現在では手に入らないパーツはこうやって手作業で作り直されるのである。もともと良好な状態にあったダッシュボードだが、これも一旦外されて新品の様なコンディションに整えられた。新車状態が再現されたインテリアには、オート・インテリア社のコンポーネンツが使用されている。


新品の11インチ・ローターが美しく組み込まれたフロントサスペンション周囲にも、惜しげもなくアンダーコーティングが吹きつけられている。当時のルックスを再現するのだからこれも仕方がない。


写真は10×2.5インチのリア・ドラム・ブレーキ。スタッド・ボルトの先端に描かれた“L”の文字はホイール・ナットが逆ネジであることを意味している(ドライバーサイドのみ)。


巨大なDana60のディファレンシャルには9-3/4インチ、4.10:1レシオのギア・パックが収められている。これもファクトリー・オプションで当時のプライスは235.65ドルだった。


新車のように仕上げられたエンジン・コンパートメントは、直線的に並んだカーター4バレル・キャブレターが特徴的。一見して完全なオリジナルにしか見えないが、実はストックのデストリビュータ内にはパートロニクス社の電子式イグニッション・システムが備わっており、信頼性、メンテナンス性を向上させている。バッテリーは当時の仕様を再現したリプロダクション・パーツ。そのマイナス・ワイヤー(黒いコード)にオレンジのエンジンペイントがかかってしまっているが、実はこれも新車時の状態を再現したもの。このあたりの細かなこだわりには何とも頭が下がる。


ラムチャージャー・フードは、フードを閉じるとフード上のスクープとエア・インテークが直接繋がるように設計されている。


“チャージャー・ダッシュ”とも呼ばれるダッシュフェイシアはウッド調のトリムで飾られる。速度計の右に並ぶ補助ゲージは左から:燃料計、水温計、油圧計、電圧計。ステンレス・スポークにウッドのグリップのステアリングはファクトリー・オプションだった。Hurst製ピストルグリップ・シフターは標準装備。


ダッシュパネル中央下側に備わる赤いレバーを引くことで、ラムチャージャー・フードのスクープが開く仕組みになっている。フード上の物々しいスクープは決してダミーではないのだ。


フェンダータグからはこの車両がファクトリーから出荷された時の仕様を読み取ることができる。例えば左下に見えるE74はHEMIカーであることを示している。

 


前オーナーにより装着されていたアフターマーケットのホイールもオリジナルのホイールへと戻された。タイヤも新車時と同じGoodyear製のポリグラスGTがチョイスされている。


ラムチャージャー・フードといえどもスタンダードのラッチを持っており、本来フードピンは必要ないもの。しかし……格好いいのは間違いない。


ツイン・ラップ・アラウンド・バンパーを採用したセパレートタイプのフロントグリル。非常に個性的な表情を作り出しているが、好き嫌いがはっきりと分かれる部分でもある。