A-cars Historic Car Archives #052
'70 Dodge Challenger R/T (Vanishing Point Tribute)
70年型ダッジ・チャレンジャーR/T (バニシング・ポイント・トリビュート)
Text & Photo : よしおか和
(MOPAR Classics/2006 May Issue)
Mar. 27, 2024 Upload
先月(編集部注・2006年4月号)、かつてスクリーンの中で暴れまわったチャージャーを2台紹介して好評を得た。そこで調子に乗って、今月も有名な映画に登場したチャレンジャーをクローズアップしてみたい。
ベトナム戦争の海兵隊、警察官、レーサーという様々な経歴を経て、現在はクルマの陸送屋を生業としている男・コワルスキー。社会や国家や正義に首を傾げ、それに逆らって覚醒剤を飲用し、スピードの中になにかを求める。そんな彼があるドラッグディーラーと賭けをして、デンバーからサンフランシスコまでを15時間以内で走る……というのが71年に製作されたこの映画のストーリー。もういまさらいうまでもないだろう。タイトルは『バニシング・ポイント』。そして全編を走り抜けたもうひとりの主役が、70年型ダッジ・チャレンジャーR/Tである。
ボディカラーはホワイトだが、これは恐らくシーンの時間設定に関係しての選択と思われる。コワルスキーがデンバーを出発したのが夜で、物語の重要なポイントとなる例の賭けをするシーンも夜の街角なのだが、実はこの当時、ナイトシーンには白いクルマというのがひとつのセオリーだったのである。後にフィルムの感度がよくなり、照明技術も向上したせいか、ナイトシーンにもダークなボディカラーの劇用車が使用されるようになったのだが、70年代の初頭にはまだ昔ながらのハリウッドの定石が生きていたというわけだ。
ところで、チャレンジャーR/Tにはボディサイドにストライプが入ったり、リアをグルリと囲むバンブルビー・ストライプが入ったりと、いろいろなバリエーションが存在した。だが、この『バニシング・ポイント』に登場するチャレンジャーには一切のストライプが与えられず、Challenger R/Tという文字も従来のメタル製エンブレムによって示されるタイプである。バイナルトップはなし。ホイールは標準のラリーホイール。搭載エンジンは440マグナムでトランスミッションは4スピード・マニュアル。リアエンドは走行シーンから推測するにシュアグリップ・ポジトラクション機構付きのDANA60と思われる。そして今回撮影したチャレンジャーはエクステリアからインテリア、エンジンやトランスなどの仕様に至るまで、“ほぼ完璧”にあの劇用車と同じに仕上げたホワイトのR/Tなのである。
しかし、先月紹介した『ダーティ・メリー、クレイジー・ラリー』のチャージャーと比較してはっきりと異なるのは、それが基本的にオリジナルであるということだ。なにせ、71年製作の映画で陸送屋が運搬する、という設定なのである。ほとんど新車と変わりのない、いわゆるショールーム・ストックの状態であり、意識せずとも当時コレと同じ仕様のチャレンジャーに乗っていた人は少なくないかも知れない。しかし、今日こだわりを持って仕上げるとなると神経を使わざるを得ないポイントがいくつかある。ここでは先ずそれをざっと挙げてみよう。
兎にも角にも先ほどから言っているように、ボディカラーはホワイトで、バイナルトップはなし、ストライプもなしである。足下はオリジナルのラリーホイールにグッドイヤーのポリグラスGT、サイドミラーはクロームのスタンダードタイプで、ドライバーズサイドのみに備わる。フューエルキャップもスタンダードタイプ。インテリアはブラックで、ステアリングホイールはR/Tモデルでは標準となるウッドグレイン。シフターはもちろんピストルグリップ。要するに、白いチャレンジャーR/Tで最もスタンダードな仕様を選択すればこうなるのである。もちろん、エンジンだけはオプションの440マグナムをリクエストしなければならないのだが……。
さて、先に撮影車に関して“ほぼ完璧”と評したのは、細部に劇用車とは異なる点があるからだ。これらはもちろん、これをオーダーしたオーナー本人もプロダクトしたファクトリーも承知の上で仕様変更したものである。まずはタイヤ。ポリグラスGTは当時流行したベルテッド・バイアスのホワイトレターだが、後年型のラジアルタイヤと比較すると直進性などの性能で劣っていることが否めない。そこで今回は実用面を重視するカタチで、ラジアルのホワイトレターを採用している。さらに、これは気付き難い部分だが、劇用車が14×6Jのラリーホイールを履いていたのに対し、こちらは15×7Jをチョイスしている(当時標準でこの15×7を履いていたのはHEMIを搭載したR/Tモデルとチャレンジャー340だけだった)。さらに細かい部分では、オーディオ機器と、新しいタイプのエアコンを装備している点も異なる。作品中でチラリと映し出されるダッシュの形状から判断すると、劇用車はエアコンを伴わない440R/Tだったと推測できるのだ。
さて、なによりも肝心なのは、劇中で演じたような元気のいい走りができるコンディションにあるか、ということなのだが、さすがに他人様のクルマで柵をぶっ飛ばしたり、時速100マイル以上のスピードでファンキーなジャガーEタイプと競争したりするわけにもいかない。だからあくまでフツーに走らせながら想像するしかないのだが、取材車の440マグナムは実にヘルシーでレスポンスがよかった。高回転域までまわせばきっとコワルスキーが体感したのと同じ次元に連れて行ってもらえるだろう。とはいえ、ラストシーンのあの世界にまで誘われることのないように……これだけはお願いしたい。
参考までにあの映画の裏話をするなら、実際の撮影でショベルカーのバリケードに衝突した後炎上したのは、チャレンジャーではなく代役の67年型カマロだった。まだ新車に近いチャレンジャーを全損させるだけの予算がなかったのか、あるいは他に撮り残したシーンがあり、ラストシーンの撮影時点で車両を壊すわけにいかなかったのか? 理由はいろいろと考えられるが、詳しいことは定かではない。
フェンダーサイドのエンブレム。サイドにストライプが奢られるタイプだと、R/Tの文字はそのストライプデカールによって描かれることになる。
サイドミラーはスタンダード・タイプ。オプションのスポーツミラーはボディ同色もしくはクロームの砲弾型となる。
『バニシング・ポイント』に登場したチャレンジャーは14×6のラリーホイールにグッドイヤーのポリグラスGTを履いていた。だが、取材車は15×7のラリーホイールに、グッドリッチのラジアルタイヤを選択。劇中車に限りなく忠実に、という観点からだけ見たとしたら、この部分は実に惜しいが、実用を考えればこちらの方がベターであることは明白。オーナーもファクトリーもそのあたりを熟考したうえで到達した答えなのだろう。
劇中車が果たしてどうだったのか? は確かめようもないが、撮影車はシュアグリップ機構付きのDANA60を搭載。これであのハードなアクションシーンでの走りが可能となる。
エンジンは440マグナム。ボア4.32×ストローク3.75、圧縮比9.7:1、最高出力375hp@4600rpm、最大トルク480lbft@3200rpmというのが当時のカタログデータだ。なお、撮影車はNEWタイプのコンプレッサーを採用したエアコンを装備しており、そこは劇中車とは違っている。
スピードメーターの隣にタコメーターを備え、時計も併せると4つの丸いメーターが並ぶこのインパネを俗にラリーダッシュと呼んでいる。R/Tモデルの標準となるこのウッディリムのステアリングホイールは、ウッドグレインとも呼ばれるもの。通常センターにレイアウトされているホーンのスイッチがリムの内側にセットされ、強く握るとホーンが鳴るシステムのオプショナル・ステアリングホイールは、リムブローなるアイテムだ
チャレンジャーR/Tで4スピードマニュアルを選択すれば、コワルスキーと同じようにこのピストルグリップを握ることができた。
パッセンジャーサイドのリアフェンダーにはスタンダード・タイプのフューエルリッド。これも劇用車の設定と同じだ。